「おぉ、運命の女神よ!」
トゥッティによる爆発的な音を伴って、合唱はこの歌詞を高らかに、力強く、たくましく歌い、世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」は幕を開ける。
今シーズン一発目の定期演奏会のメインを飾るにふさわしいプログラムではなかろうか。まだ21世紀になって間もないのに、この曲の冒頭を耳にするだけで気分はもう世紀末である。
この選曲に関してマエストロ小泉は昨年10月に催された今シーズン活動についての記者会見で「僕らしくない曲と思われるかも知れないけれども大好きな曲。」というコメントをされていた。確かに、今まで氏が取り上げてきたプログラムから見ると少々雰囲気の違うものに思えるかも知れない。果たして、どんな取り組み方になるのだろうか。

リハーサルの初日を迎えたカルミナ・ブラーナ。この日は、合唱団はおらずオーケストラだけでの練習となった。いつもより狭い気がしたのは、楽器の多さからであろうか。なにせ、オーケストレーションがデカイのだ。練習は、音量のバランスやテンポの変化など、翌日から加わる合唱を迎え入れる準備をしっかりとしておくような、丁寧な仕上げ方。
そして、二日目のリハーサル。練習場はものすごい人口密度となった。心なしか酸素も薄いように感ぜられる。今回、ゲストとして来て頂いたのは、幸田浩子さん(ソプラノ)、高橋淳さん(テノール)、三原剛さん(バリトン)、大阪センチュリー合唱団、神戸市混声合唱団、そして岸和田市少年少女合唱団。
演奏者一同の期待が高まる中にカルミナ・ブラーナのリハーサルは始められたのだが、まずは15曲目と22曲目から。理由は「児童合唱の皆さんを遅くまで外に出しておくわけにはいかないから、先に終わらせて早めにお帰ししましょう。」という、なんともユニークでマエストロの優しさ溢れるものだ。
かくして練習は進められていったのだが、いやはや合唱のものすごい迫力といったら。今ならば、刀狩をした豊臣秀吉の気持ちが分かるかもしれない。それほど集団の力というものは計り知れないパワーを持っている。
練習していく中で、いつもと違うマエストロが見えた。合唱に対するアクションが大変生き生きとしているのだ。それもそうだろうと思ったのは、氏が声楽をきっかけとして音楽の世界に踏み込んだという記憶がふと思い出されたからである。純粋に好きなのだろうなというのが、ひしひしと感じられた。
「楽器の伴奏を持ち、舞台場面によって補われる独唱と合唱の為の世俗的歌曲」という副題の付いたこの作品は、舞台形式のカンタータであり、歌い手の音楽表現も劇に近い部分があるようだ。取り分け、歌を"魅せて"下さったのは、テノールの高橋淳さん。
氏の出番は、驚くことに12曲目のみである。しかし、その1曲に籠められた魂は壮絶で、焼かれて酒宴へ運ばれ、飛ぶこともできずに食べられていく白鳥の悲哀の叫びを、まさに表現し切っていた。

幸田さんの、絶妙なヴィブラートを伴ったその透き通るような声で旋律を紡いでいく様は、官能的でもあり、もはや美しいの一言に尽きる。
そしてもっとも出番の多いバリトン三原さんは、そのダンディズム溢れるたくましい声で、様々な場面を見事に歌い上げていた。
そしてカルミナ・ブラーナとは至極相対的なベートーヴェンの交響曲1番。この曲も、いつものマエストロらしい純古典的な作品への愛情を注ぐような取り組み方となった。
「和声の教科書のような」と言われるこの作品は、確かにまだベートーヴェンが音楽的アイデンティティを模索していた時期の作品で、まるでハイドンやモーツァルトを思わせるような古典的で爽やかさに溢れる1曲である。しかし、1番最初の音を下属調の属七和音で始めたり、3曲目のメヌエットをもはやスケルツォ並みのテンポで演奏指示したりと、やはり彼は既に大作曲家としての才能を十分に露呈しているのだ。
まだ難聴という言葉とは無縁で、幸せいっぱいだった若かりしころのベートーヴェンの作品。
こちらもどうか楽しみにして頂きたい。
S.M
posted by JCSO_members at 22:39|
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